茅ヶ岳(かやがたけ)

投稿者
岩下聡 (1993年卒業)
山行日程
2000/2/19~(日帰り)
投稿日
2000/2/20

「やっぱり、やめとく」。夜中の12時頃のことだ。山さんからの断りの電話だった。「まあ、ゆっくり寝てくれ」。寝不足の山さんに労いの言葉をかけて電話を切った。
「山に行きたいなあ」と思い、何人かに声をかけてみた。しかし誰からも色よい返事はもらえなかった。頼みの綱の山さんからも断られた今、どうしようか考えてしまった。結局、「今回は単独行だ」と腹をくくり出発することにした。車上の人となったのは午前1時頃。このとき自宅付近(我孫子)の気温は2℃だった。
高速道路を使わずに一般道をひたすら走り、登山口である深田記念公園の横の駐車場に着いたのは午前5時。まだ真っ暗だ。ちょうど月が山影に沈んでいるところで、ボーっと光るコントラストが綺麗だった。とりあえず車中で仮眠をとった。
ところがエンジンを切っていたため、あまりの寒さに目を覚ます。車載温度計は-7℃を表示している。登山着に着替えるのを止めて、普段着のままですぐに歩き始めることにした。実は「午後から雪が降る」という天気予報だったのだ。このため、急いで帰らないと大変なことになると思い、焦っていたのだ。それに、「美しい風景を拝むためには空気が澄んでいる早朝のうちにピークに着かなければ・・・」という焦りもあった。それにしても「歩程がどれほどか」すらよく知らないという、まったく「なめた」山行である。でも非常食は持っているし、防寒具もばっちりだ。雪の中で遭難しても生き延びる自身はあった。単独行のときは気が引き締まるものだ。
土曜日の朝とはいえ、こんな季節外れにこんな早い時間なら、誰とも会わずに静かな山行と楽しめる。そう思いながら登山口を出発した。ところが・・・、歩き始めるとすぐ期待は裏切られた。学生風の若者が、男女6人ほどいたのだ。彼らはテントを撤収しているところだった。ガヤガヤとうるさい連中だ。「お前らこんな季節にテント泊まりかよ。冬山やりたいならもっと本格的なところへ行け!」などと内心文句を言っていた。そんな気持ちを抑えながら「おはようございます」と爽やかに挨拶したところ、意外にも爽やかな挨拶が返ってきた。一瞬気持ちが和らいだ。挨拶とは気持ちいいものである。そういえば、私が学生のときも、この季節にこの深田記念公園でテント泊まりしている山の子の連中がいた。行動パターンからして「こいつらも、ひょっとして山の子か?」。世間は狭いものだ。それにしても、こんな連中とピークを共にするのはゴメンである。先を急ぐことにした。
しばらくは車の轍が残る幅の広い林道歩きだ。聞こえるのは、登山靴から発せられる足音と、風が木々を通り抜ける音だけ。鳥の声もまばらである。見えるのは木々の肌と赤っぽい土だけ。冬の山は殺風景だ。しかし、これが冬の山の美しいところでもある。
山を歩いているときは、頭の中ではいつも自然に音楽が流れてくる。自然にリズムを掴んでいるのかもしれない。目の前の綺麗な風景に、頭の中のバックミュージックというアーティスティックな情景。息は苦しくとも陶酔できる瞬間である。だから、一緒に歩いている奴に鼻歌を歌われると無性に腹が立つ。もちろん自分が歌ってしまうこともあるので、人のことをとやかくは言えないのだが・・・。ちなみに、今回のテーマ曲はショパンのピアノ協奏曲第2番第1楽章だった。そういえば9年前に茅ヶ岳に来たときも、この曲だったような気がする。冬になると聞きたくなる曲のひとつなのだ。
75分ほど歩いたであろうか。ようやく稜線に出た。風が吹いていて寒い。多分気温は零下だろう。そこから10分程歩いたところに「深田久弥先生終焉の碑」があった。しばらく合掌。顔を上げて「碑」越しに遠くを見ると、真正面に金峰山がいた。五丈岩が威張って見える。
傾斜もきつくなり、息もきつくなってきた。もう100分以上も歩いている。昨日の昼以降、何も食べていないことを思い出した。そこで一服することにした。「山で吸うタバコはたまらんなあ」などと呑気な気持ちよりも、寒さの方が強かった。早々と火を消し、また歩き始めた。すると5分位でピークに着いてしまった。
息を切らせながら行く登り坂の最後に、頂上がある。最後の登り坂から見える「頂上標」のなんと頼もしいことか。厳しい山行であるほど「頂上標」がありがたく見えるものだ。登坂の苦痛から開放されるという安堵感と、目的を達成した瞬間の満足感で胸が一杯になる。今回の山行は体力的に厳しいものではなかったが、「頂上標」はいつもと同じようにありがたく見えた。
早速、南アルプスを遠望する。目立っているのは甲斐駒だ。去年の9月に2度目の山行に行ったが、よくもまあ、あんな急斜面を登ったものだと我ながら感心する。その左に仙丈がいた。さらに鳳凰三山。地蔵岳のオベリスクも威張って見える。その後ろに白峰三山。真っ白だ。そのとなりは多分塩見岳だろう。「今度は行くぞ!」と毎年思いながら、未だに行けていない赤石、荒川。彼らは残念ながら見えなかった。ちょっと離れて富士山がいた。雲の上にチョコんと頭を出している姿は、なんとも可愛らしい。右に目を転じると、遥か向こうに中央アルプス。そのとなりが八ヶ岳、でかい。そしてかすかに北アルプスが見えた。秩父側に目をやると、まずは金峰山が目立つ。ちょっと奥に瑞牆山。おまけだが、登ってきた尾根の向こうには、低いため隠れて見えないが、「太刀岡山」なんていう山もあるらしい。どっかで聞いたような名前である。
ひとしきり彼らの姿を写真に収めた後、食事をとることにした。ピークで取る食事はなんと言ってもインスタントラーメンに限る。塩分の効いた暖かいこの食べものは、疲れた体にとっても優しいのだ。ラーメンを夢見ながら、EPIをセットした。コッヘルに水を注ぎ、火をつけた。そしてポケットからタバコを一本取り出し、火をつけた。後ろを振り返った次の瞬間・・・唖然とした。
さっきまでくっきりと見えていた南アルプスが、もう見えない。ガスである。この間たったの3分程だ。あと20分寝坊していたら、あと20分余計に休んでいたら、さっきの展望にはありつけなかっただろう、ゾッとする。ということは、登山口でベチャベチャうるさかった学生達は、私が見た風景は見えないということになる。なんだか気の毒にも思ったが、早起きしたこの私が3文の得をした訳である。それ以上のものでものなく、それ以下のものでもない。
暖かいラーメンを最後の一滴までありがたくいただき、寒さも多少和らいだこともあり、気持ちが落ち着いた。この瞬間、この茅ヶ岳のピークを独り占めしているシチュエーションに気がつき、とても贅沢な気分になった。いつまでも独占していたいという気持ちは、他にも通じるものがある。しかし、ガスも出てきて展望もなくなってきたことなので、早々と降りることにした。

(本文は、投稿用に編集したので一部端折った内容になっております。全編をご覧になってくださる方は岩下のホームページの「僕の冒険記」をご参照ください)
http://www.t3.rim.or.jp/~saiwash/saiwash/index.htm